料理をしていると、ふとした油断でお鍋を焦がしてしまうことがあります。真っ黒になった鍋底を見て、自分の不注意を責めたり、慌てて捨てようとしたりすることはありません。
失敗は誰にでもあるもの。大切なのは、その後の「手当て」です。自然療法でも、病気は体からの声であり、排毒のチャンスと捉えますが、鍋の焦げ付きもまた、正しい手入れを学ぶ良い機会なのです。
ここでは、ホーロー鍋を傷つけずに、本来の白さを取り戻す知恵をお伝えしましょう。
絶対にこすってはいけない!焦げ付きへの初期対応
無理に剥がすのが最大のNGである理由
焦げ付いた鍋を見た時、多くの人が反射的にやってしまう間違いがあります。それは、スプーンやヘラでガリガリと焦げを削り落とそうとすることです。これだけは、決してやってはいけません。
なぜなら、ホーローというのは、鉄の表面にガラス質の釉薬(うわぐすり)を高温で焼き付けたものだからです。つまり、鍋の表面は「ガラス」なのです。窓ガラスにこびりついた汚れを、硬い金属で削る人はいないでしょう。そんなことをすれば、ガラスに深い傷がつきます。
ホーローも同じこと。無理に剥がそうとすれば、表面のガラス層が傷つき、そこから水分が侵入して、中の鉄が錆びる原因となります。焦げは、力で落とすものではなく、知恵で浮き上がらせて落とすもの。慌てず、まずは鍋を冷まし、心を落ち着けることです。
金たわし・クレンザーが寿命を縮めるメカニズム
「金たわし」や「研磨剤入りのクレンザー」を使えば、確かに焦げは早く落ちるかもしれません。しかし、それは鍋の寿命を削っているのと同じことです。
物の硬さを表す尺度に「モース硬度」というものがありますが、ホーローのガラス質よりも、金たわしの金属やクレンザーに含まれる研磨粒子のほうが、往々にして硬いのです。これでゴシゴシと擦るということは、鍋肌に無数の細かい傷(ミクロの溝)を刻み込んでいることになります。
一度傷ついた肌は、汚れを抱き込みやすくなります。つまり、焦げを落とすたびに、次はもっと焦げ付きやすく、汚れが落ちにくい鍋へと変えてしまっているのです。ツルツルとした美しいガラスの肌を守ること。それが、一生使うための基本です。
【完全版】重曹を使った「煮洗い」の正しい手順
水と重曹の黄金比率と沸騰させる時間
では、どうすれば良いのでしょうか。ここで力を発揮するのが、自然界の優しい掃除屋さん、「重曹」です。重曹は弱アルカリ性であり、酸性の性質を持つ「焦げ(油汚れやタンパク質の変性)」を中和し、汚れをふやかして分解する力を持っています。
まず、焦げ付いた鍋に水を張ります。焦げが隠れるくらいの量が必要です。そこに重曹を入れますが、目安は「水1カップ(200ml)に対して大さじ1杯」の割合です。これをよく溶かし、中火にかけます。
沸騰したら弱火にし、そのまま10分から15分ほどコトコトと煮ること。ぐらぐらと煮立たせる必要はありません。重曹の泡が、焦げの隙間に入り込み、汚れを根こそぎ浮かび上がらせてくれる様子をイメージしながら、静かに火を入れていくことです。
冷めるまで待つのがコツ?汚れが浮き上がる魔法の時間
15分ほど煮たら火を止めますが、ここですぐにお湯を捨ててはいけません。本当の「手当て」はここからです。お湯を入れたまま、完全に冷めるまで半日、あるいは一晩、そのまま置いておくこと。
自然治癒力が寝ている間に働くように、汚れを分解する化学反応も、時間が育ててくれます。火を止めて温度が下がっていく過程で、重曹水がじっくりと焦げの奥深くまで浸透し、頑固な汚れを剥がれやすくしてくれるのです。
翌朝、水を捨ててスポンジで優しく撫でれば、あれほど頑固だった焦げが、嘘のようにスルリと剥がれ落ちます。力はいりません。必要なのは、待つ余裕と時間です。
重曹がない時の代用テクニック
お酢(クエン酸)が効く汚れのタイプとは
重曹が手元にない場合、台所にある「お酢」や「クエン酸」を使おうとする方がいます。しかし、これには見極めが必要です。お酢は「酸性」です。酸性の汚れである「肉や魚、油の焦げ付き」に対して酸を使っても、効果は薄いのです。
お酢が効くのは、野菜のアクによる黒ずみや、水道水に含まれるカルシウムなどが固まった「白い汚れ」です。もし、焦げの原因が煮物などの有機物であれば、お酢よりも、同じアルカリ性である「セスキ炭酸ソーダ」のほうが代用としては適しています。
ただ、もしアルカリ性の洗剤が何もない場合は、お酢を入れて煮立たせることで、軽い焦げなら煮沸の物理的な力で落ちることもあります。素材の性質を知り、適材適所で使うこと。これが台所の科学です。
天日干しで焦げを炭化させて落とす裏技
もう一つ、昔ながらの素晴らしい知恵があります。「お天道様(てんとうさま)」の力を借りる方法です。どうしても落ちない真っ黒な焦げがある場合、鍋をよく洗い、天気の良い日に庭やベランダに出して、直射日光に1週間ほど当てておくこと。
紫外線と乾燥の力で、焦げ付きがカラカラに乾いて炭化し、自然とパリパリ剥がれてくることがあります。これを「空焚き」でやろうとしてはいけません。
ガス火で空焚きをすると、急激な高温でホーローが割れてしまいますが、天日干しなら鍋を傷めずに、太陽のエネルギーだけで汚れを浄化できます。急がないのであれば、これほど自然の理にかなった方法はありません。
どうしても落ちない頑固な着色汚れへの対処
酸素系漂白剤ならガラス質を傷つけない?
重曹で焦げは落ちたけれど、鍋底にうっすらと茶色いシミ(着色汚れ)が残ってしまった。そんな時は、「酸素系漂白剤(過炭酸ナトリウム)」の出番です。塩素系のきつい漂白剤は、鼻をつく臭いもあり、環境にも体にも負担をかけますが、酸素系なら安心です。
40度から50度くらいのお湯を鍋に張り、酸素系漂白剤を大さじ2杯ほど溶かし入れて、そのまま放置すること。シュワシュワと酸素の泡が出て、汚れを優しく分解してくれます。
これはガラス質を溶かすことなく、色素だけを取り除いてくれるので、ホーロー鍋には最適な美白方法です。ただし、金属性の縁がある場合は、長時間つけすぎるとそこが錆びることもあるので、様子を見ながら行うことです。
メラミンスポンジ使用時の注意点と力加減
最後に、最近よく使われる「メラミンスポンジ」についてお伝えします。水だけで汚れが落ちるとても便利な道具ですが、これは「硬い樹脂の泡」で汚れを削り落とす、一種の研磨剤であることを忘れてはいけません。
ホーローに対して使う場合は、最後の手段と心得ること。そして、使う時は「撫でるように」優しく使うことです。ゴシゴシと力を入れれば、目には見えなくても、ホーローの美しいツヤを消してしまいます。
人間の肌も、強く擦れば荒れてしまうように、鍋肌も優しく扱うこと。道具の痛みは、使い手の心の映し鏡です。感謝の気持ちを持って、優しく手当てをしてあげれば、鍋は必ず応えてくれます。
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