大切にしていたホーロー鍋の縁が欠け、黒い肌が見えてしまった時、胸が痛みますね。でも、どうか捨てないでください。道具も体と同じで、少しの手当てで蘇るのです。
サビは体に毒なのか、そのまま使って良いのか。不安を解きほぐし、傷ついた道具を「一生モノ」へと育てる、自然の理にかなった知恵をお伝えします。
ホーローが「欠けた」時の安全性と対処法
露出した黒い部分(鉄)は有害?
お気に入りの白いホーロー鍋の縁が欠けて、黒い地肌が見えてしまった時、皆様は「もう使えないのではないか」と不安になることでしょう。
けれど、恐れることはありません。
ホーローというのは、鉄(鋼板)や鋳物に、ガラス質の釉薬を高温で焼き付けたものです。つまり、そこから覗いている黒い部分は、鍋の芯である「鉄」そのものなのです。
この鉄は、決して有害なものではありません。私たちが鉄瓶で湯を沸かし、その鉄分をありがたく頂戴して貧血を防いできたように、この露出した鉄もまた、自然の恵みの一部です。国際規格(ISO)においても、食器用ホーローの安全性は厳しく定められていますが、下地の鉄自体が溶け出して毒になるということはありません。
そのまま使っても良いラインを見極めるには、その「場所」を見ることです。鍋の縁や外側であれば、何の問題もなく使い続けられます。
ただし、鍋の内側で、食材が直接触れる部分が大きく剥がれてしまった場合は、そこから焦げ付きやすくなったり、さらに剥がれが広がる恐れがあるため、注意深く様子見する必要があります。小さな欠けならば、それは鍋が働いてきた証。愛おしんで使うことです。
欠けた部分に植物油を塗って保護する応急処置
人間が擦り傷に軟膏を塗るように、鍋の傷にも手当てが必要です。黒い鉄が剥き出しになったままでは、そこから水気を吸ってサビを呼んでしまいます。ここで役立つのが、台所にある植物油です。
洗ってよく乾かした後、キッチンペーパーに少量の食用油(オリーブオイルや、あれば乾性油など)を含ませ、欠けた黒い部分に薄く塗り込むこと。これだけで、油の膜が空気を遮断し、鉄を酸化から守ってくれます。
使うたびにこの手当てを繰り返していくと、やがて油が馴染み、黒い被膜となって鍋の一部になっていきます。これを「シーズニング」とも呼びますが、特別な道具はいりません。ただ、手をかけてやること。それが道具を長持ちさせる一番の秘訣です。
よく、鉄フライパンで油を馴染ませて使うということを言いますがそれと同じことです。
発生した「サビ」は体に悪い?
鉄サビ(酸化鉄)の健康への影響について
手当てを忘れて、鍋の縁に赤いサビが出てしまうこともあるでしょう。「サビを食べてしまったら病気になる」と心配する方がいますが、その心配は無用です。ホーロー鍋から出るサビは、鉄が酸素と結びついた「酸化鉄」です。これは、私たちの血液の中で酸素を運ぶヘモグロビンの成分である鉄分と、根源的には同じ仲間。
もちろん、わざわざサビを食べる必要はありませんが、料理に多少混ざったからといって、体に害をなす毒物ではないのです。
これが緑青(ろくしょう)と呼ばれる銅のサビであれば昔は毒と言われましたが(現在ではそれも猛毒ではないとされていますが)、鉄の赤サビに関しては、人体への吸収率は低いものの、毒性は極めて低いことがわかっています。
ですから、サビを見つけても慌てず、スポンジで優しく擦り落とし、また油を塗ってあげれば良いのです。過剰な清潔志向で神経質になるよりも、おおらかな気持ちで道具と接することです。
サビをそれ以上広げないための乾燥と保管テクニック
サビを防ぐための絶対の掟、それは「湿気を残さないこと」です。水気は万病の元であり、鍋にとってもサビの元です。洗い終わったら、すぐに布巾で水気を拭き取ること。これだけで終わらせてはいけません。
鉄は目に見えないレベルで水分を含んでいます。拭いた後に、ほんの少し火にかけて空焚きし(数秒から数十秒程度)、水分を完全に飛ばすこと。そして熱いうちに油を薄く塗るのです。
特に、鍋の縁(ふち)は釉薬がかかりにくく、鉄が露出していることが多い場所です。ここを念入りにケアすること。保管する際は、蓋と本体の間にキッチンペーパーなどを挟み、風通しを良くしてあげるのも良い知恵です。締め切った棚の奥よりも、風の通る場所に置くこと。鍋も呼吸させてあげましょう。
ホーロー鍋の寿命を決める「ヒビ(クラック)」
急激な温度変化が招く細かいヒビ割れの正体
長く使っていると、鍋の内側にクモの巣のような細かいヒビが入ることがあります。これは「マイクロクラック」などと呼ばれますが、原因の多くは、私たちが鍋に無理をさせた結果です。熱々の鍋に冷たい水をかけたり、強火で急激に加熱したりしていませんか。
ホーローは、鉄とガラスという、膨張率(熱で膨らむ割合)の違う二つの素材を焼き付けたものです。急激な温度変化が起きると、鉄の伸び縮みにガラスがついていけず、割れてしまうのです。
これは、自然の理(ことわり)に反した使い方をした結果です。鍋を火にかけるときは、弱火から始め、徐々に温度を上げていくこと。熱い鍋を洗うときは、お湯を使うこと。急がず、鍋のペースに合わせてあげる心の余裕を持つことが、ヒビを防ぎます。
ガラス質が剥がれて食材に混入するリスクはあるか
細かいヒビだけであれば、すぐに使用を中止する必要はありません。しかし、そのヒビが深くなり、ガラス質がポロポロと剥がれ落ちてくるようであれば、注意が必要です。
ホーローのガラス質は、基本的には二酸化ケイ素などを主成分としており、万が一小さな欠片を飲み込んでしまっても、消化吸収されずにそのまま体外へ排出されます。ガラス自体は化学的に安定した物質であり、体内で溶け出して悪さをするものではありません。
しかし、ガラス片が口の中を傷つける可能性はゼロではありませんし、何よりガラスが剥がれた部分からサビが進行し、鍋底に穴が開く原因となります。食材への混入を過度に恐れるよりも、鍋の寿命が近づいているサインとして真摯に受け止め、次の手を考えるべき時です。
一生モノを本当に一生使うために
メーカーによる「リペア(再塗装)サービス」と費用
「一生モノ」と言われるホーロー鍋ですが、本当に一生使い続けるには、時にはプロの手を借りることも必要です。
日本の職人が作る「バーミキュラ」などの一部のブランドでは、古くなったホーローを一度全て剥がし、もう一度ホーローを吹き付けて焼き直す「リペアサービス」を行っています。費用はサイズによりますが、新品を買う価格の半額以下(数千円から1万円程度)で、新品同様になって戻ってきます。これは素晴らしい循環の仕組みです。
一方で、ル・クルーゼやストウブといった海外製の多くのブランドでは、残念ながら再塗装のサービスは基本的には行っていません。しかし、これらも生涯保証(ライフタイム保証)がついている場合があり、製造上の欠陥であれば交換してくれることがあります。まずは、自分が使っている鍋のメーカーがどのような姿勢で道具と向き合っているか、調べてみること。
買い替え時?修理時?プロが教える判断基準について
最後に、修理に出すか、それともお役御免として手放すか、その判断の基準をお伝えします。もし、鍋底に穴が開いてしまったり、本体そのものが変形して蓋が閉まらなくなったりしている場合は、それはもう寿命です。「よく働いてくれました、ありがとう」と感謝して、土に還すつもりで手放すこと。
しかし、単に内側の艶がなくなったり、底が茶色く変色したり、細かな傷がついた程度であれば、それはまだ現役です。焦げ付きやすくなったなら、クッキングシートを敷いて使うなど、工夫次第でいくらでも働いてくれます。
新しいものを次々と買うことが豊かさではありません。一つのものを、傷つきながらも手入れをして、自分の手になじませていく。その過程にこそ、本当の暮らしの喜びと、心の安らぎがあるのです。どうぞ、お手元の鍋を、家族の一員のように大切になさってください。
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